毎日の文トレ

日々感じたことや考えたことを書き殴ります。

育ちの良い人

新幹線で東京から京都へ向かっていた時の話。

土曜の昼下がりで混雑はしていたが、自由席のアルファベットDEの窓側に座っていた。富士山が見える方の席である。就活で何度も新幹線に乗っているため、富士山が見えるからといって、昔のようには喜べないようになってしまった。ああ、富士山が見えるんだ。くらいのテンションである。

 

品川駅に到着すると、ドバーッと乗客が入ってきて、周りの席がどんどん埋まっていく。おっさんとかが横に座ってきたら、気分のいいものじゃないなと思っていると、抜群に可愛い女の子が横に座ってきた。ぱっと見20も行ってないくらいで、モデルのようにほっそりした手足、整った顔面のパーツ、シンプルだが決して田舎臭くはない服装をしていた。いつもみたいに汚いおっさんが座ってくると思い込んでいたので、突然の美人の到着に緊張しつつも、大したことはないぞというそぶりで大人しくスマホをいじったり、読書をしたりしていた。

 

暫くたつと、女の子がこっちをやたらとチラチラ見てくることに気づいた。最初、知り合いか何かかと思ったが、そうではなく、次に、こっちに気があるのかなと思ったが、そうでもなく、窓の外の景色に興味があるようだ。どうやら新幹線初心者のようである。いやー、微笑ましいなーとか思って見守っていると、その子は通りかかった車掌さんを呼び止め、こう言った。「すみません。富士山はいつ頃見えますか。」

 

こんな純粋な質問をする女の子が他にいるだろうか。普通の女の子となら、疑問に思った瞬間にグーグル先生に聞いておしまいにするところを、わざわざ車掌さんに聞くところが、ピュアすぎる。今まで人間の汚い部分を見たことがないのだろう。そして、そんな女の子が初めて富士山を見る瞬間に立ち会えるということ。僕は心が躍った。

 

後10分くらいで見えると言われた女の子がしきりに窓の外を眺めるので、僕は思い切って声をかけた。

「席代わりましょうか?」

「大丈夫です。向こうで見ますので」と言って、デッキの方を指差した。

「なら大丈夫ですけど。」

 

新幹線が三島駅に近づいた頃、その子も席を立ち、大きめのスマホを持ってデッキへと歩いていった。そこまで来ると僕も富士山をがっつり見てやろうという気分になって、窓の外をしっかりと眺めていた。富士山がぼんやりと見えてきたのだが、曇り空で、綺麗な裾は隠れてしまって、頂上の一部しかはっきりと確認できなかった。あれだけ楽しそうにしていたのになと、少しブルーな気持ちになっていたところ、その子が戻ってきた。

「写真撮れました?」

「頂上しか映りませんでした」

「曇ってて残念でしたね」

「いえいえ、見れただけでも良かったです。」

こんな会話をしながら、新幹線はどんどん西に向かっていった。

 

間も無く京都駅だというアナウンスで、周りの乗客がぞわぞわし始め、彼女もすっと立ち上がり、荷物棚から大きなカバンを取り出した。そして、急に満面の笑みになったかと思うと、こちらに向かって、「お席の御気遣い頂きありがとうございました。」とスッキリとした声で言い放った。僕はびっくりしてしまった。こんな丁寧な言葉遣いができるのか!と思って、とても感動して、育ちの良さにガツンと当てられてしまった。この子はこれからどういう人間になるのかは分からないが、幸せな人生を歩んでいくに違いないと確信した。

 

ああ、名前だけでも聞いていたらなあ。