毎日の文トレ

日々感じたことや考えたことを書き殴ります。

タイトルは後で考える

人は見守ってもらうことで前に進める。

親がいなくなるということは、無条件で人生を見守ってくれる人を失うということ。

 

働きがいとは何か

知り合いが怪しげな会社にインターンをしに行った。

 

オファーボックスという就活マッチングサイトに登録すると、とあるITベンチャー企業からメールが届いたらしい。もし興味があれば、お話ししませんかという内容で、後輩は興味を惹かれたので、連絡してみると、東京のオフィスで話しましょうということになった。ところが交通費は全く出ないという。わざわざよく分からない企業の話を聞きにわざわざ東京に行く後輩も後輩だが、とにかくその話を聞いて、インターンに参加しようと思ったらしい。

 

まず、そのインターンは3日間あるのだが、交通費・宿代は出ないし、もちろん給料も出ない。昼ごはんは社員と食べることになっているらしいのだが、昼飯代も完全に自腹。インターン最終日に社員に出してもらったお金は全部返したかと再確認されたらしい。宿は、社員寮に住む(一泊1000円)あるいは、社員の家に住む選択肢があり、社員の家に住む場合、夜ご飯も社員と一緒に食べなければならない。

 

インターンの内容はともかく、社風も最上級に癖が強い。

まず社内には罰金制度が存在する。決めたルールを破った場合、それに気づいた人が大声で「なんとか(人の名前)、かんとか(ルール名)です!」と叫び、ベルのようなものを鳴らす。すると周りの社員は拍手をして、ミスをすることができたことを祝うらしい。そして、張本人は罰金箱に金を入れるというシステムらしい。しかも、一日に4回以上何かもルールを破ってしまうと、体調的精神的に問題がありと見なされて、強制退社させられるらしい。

 

他にも、次の年の給料を全員で話し合って決める会議があるらしく、一人一人が一年の成果を発表し、全員で査定し合うのだ。中には給料が前年度より下げられてしまって、泣き出してしまう社員もいるらしい。社員同士が給料の下げあいをするので、経営者的にはトータル安くなるという頭のいいシステムである。

 

また、副社長でTさんと呼ばれる女性がその会社を牛耳っている。お局兼ボスザルのような存在で、誰も逆らうことができないらしい。2012年のネット掲示板でも、社員Tがウザすぎるという投稿があったので、今までずっとそんな調子だったのだろう。

「思ったことはなんでも言って良い」という言葉をスローガンにしているらしいのだが、Tさんはそれを文字通り取ってしまったらしく、人格否定の言葉を含む暴言をガンガン吐いていたようで、もうやりたい放題しているのである。

 

そんなインターンの最終日、用意したプレゼンに対して、「君たちは会社に貢献しようと思っていない。とても自己中心的である。働かせてもらってるということを忘れているのではないか」と言われたらしい。

 

正直、このインターンに参加すると言い出した時点で、心が相当やられていると思ったのだが、今のところ洗脳されてはいないようである。ただ、ちょっと意識が高くなり「幸せとは何か」「働くとは何か」を考え始めたらしいので、経過観察しようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クイック狂気

特に優先されるべき人もいなかったので、優先座席に座っていた。バイト先に向かうために電車に乗っていたのだ。目の前のシートも優先座席で、女子高生二人組が仲よさそうに喋ったりパンを食べたりしていたのは覚えている。目的駅に着くまで本を読んでいると、急に怒鳴り声が響き渡った。びっくりして目をあげると、目の前にはB系っぽい格好をした爺さんが喚いていた。アディダスの黒色のジャージに、上はパーカー。指にはいかつい指輪をはめていた。爺さんの怒りは座っていた女子高生たちに向けられていた。どうなることやらと見ていると、爺さんは女子高生の頭の上に向かって杖を振り回した。これはさすがに大事になりそうと思ったので、僕は席を立ち、暴れている爺さんの真横に付いた。爺さんはまだギャーギャー言っていたのだが、空いた席を見つけると、すんなりと着席した。僕はその目の前で携帯をいじるふりをして爺さんを牽制しつつ、その挙動を観察していた。目の前にいる僕に興味が向いたらしく、話しかけてきたので、僕はその横に座って、ただただ相槌を機械的に打った。爺さんは自分の身の上話を大声で始めた。この頃には、優先座席に座っていた女子高生達も別の車両に行き、僕たちの周りに目に見えないバリアが貼られたかのように、人が離れていった。

まずは、税金の話から。どんなものにも税金がかかっていて、生活が苦しい。なんてことをいっていた気がする。次に戦争の話。戦時中は貧しくて、金属は武器を作るために回収された。聞いたことある。もう俺は80だと言い出したので、でも服装は若いですよね、と言うと、古臭い格好をすると若い人が寄ってこないからなと返してきたが、明らかに別の原因があると思う。さすがに伝えることはできなかったが。

これ目的駅に着いたらどうしようかと思いながら、相槌を打っていると、爺さんのボルテージは声のボリュームとともにどんどん落ち着いていって、奥さんが若いことになくなったという話をしていた時には、我に戻ってきたようであった。

目的駅にまもなく着くということを伝えると、爺さんは人が変わったかのように、変な話をしてしまってごめんな。と謝ってきた。これにはなんて返していいか分からなくて、「気をつけてくださいね」とだけ言って僕はホームに降りた。

話しているうちに爺さんの声や表情が柔和になっていく様を観察しながら、僕は複雑な感情を抱いていた。さっきまで明らかに危険人物だった人と、仲良く話している自分。空いている席はあったのに、反撃されなさそうな女子高生を選んで攻撃していた爺さんが、僕の横に座って話しているという状況は気まずくて仕方なかった。

クズのような爺さんなのだが、そうなる原因になったのであろう話を聞いていると、同情の念が湧いてきた。許されることではないのだろうが、話し相手がいなくて寂しかったのだろうと思うと、罪を悪んで人を悪まずという言葉が頭に浮かんできた。物事には理由があって、それを偏見で片付けてしまってはいけないなとも思った。そして、何にも増して、自分の相槌力の高さに驚いた。話聞くのめっちゃうまいわ。

 

インドのごたごた

イギリスのヒースローから関西空港までのトランジットでインドのムンバイに立ち寄った。17時間もあるので、空港の中でのんびりするよりも入国して観光しようと思い、アライバルビザ(VISA ON ARRIVAL)を取ることにした。この手続きがとてもインドらしかった。

 

まず、ムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港に降り立ったのが朝の6時ごろ。飛行機の中では3人席の真ん中で、左には急にCAに怒り出したインド人のおっさんがいて、肘掛を独占しようとしてくるので、ムカついた。「おい。ピーナッツとウイスキーをいっぱい持ってこい。」みたいなことを怒鳴ったりしてあからさまにイライラを表に出していたのだが、ピーナッツを食べる動きだけはやたらとスピーディーだった(手の上に乗せて、口の中に放り投げる)。この人はイライラしているはずなのに、食べる姿でなんで笑かしてくるねん。。。手がぶつかりそうで怖いねん。

右には赤ちゃんを連れた30代前半くらいのお姉さん。

 

 

【2日目】イギリスぶらり旅

「なぜあなたは旅行先にイギリスを選んだのですか」

 

世界一入国審査が厳しいと言われるヒースロー空港で答えるのに一番困った質問だ。「なぜあなたは弊社に就職したいのですか」という就活の面接で定番の問いを思い出して、ニヤッとした。「観光したいからです」と答えたが、納得してもらえなかったので、「スカイ島に行きたいんです」と言い直した。

 

すると、「スカイ島には1人で行くのですか」と聞いてくるので、「いや、4日間のツアーですよ」と言った。何も表情を変えずに「他はどこに行くのか」と間髪入れずに聞いてくる。こりゃ、マークされていると思った。アジア人の一人旅は怪しまれて当然である。日本ですでにプリントアウトしてきたチケットやらツアー、ホステルの予約票をザックの奥から引っ張り出し、全てを手渡した。これでなんとかなったようだ。

結局1時間以上かかって、なんとか入国を済ますことができた。

 

地下鉄で市内に向かい、トラファルガー広場やイギリス国会議事堂、ウェストミンスター寺院などを見た後はホステルへ向かった。

野村 嘉孝さんの写真野村 嘉孝さんの写真

ホステルの宿泊費は£11.75で日本円にすると1645円くらい。ホステルという見知らぬ人たちが同じ空間で寝るシステムは初めてだった。受付は割と綺麗な印象を受けたが、中はとても汚く、床にトイレットペーパーの残骸が散らばっていて、これがホステルか。と妙に納得してしまった。食堂エリアには日曜の夜だったので多くの若者たちが談笑していて、居心地が悪かった。下水の匂いがするシャワールームで水圧の弱いシャワーを浴び、ぐっすり眠り込んだ。

 

深夜2時ごろに2回警報が鳴り、明朝4じごろに酔っ払いが部屋の照明を点け、ごそごそを荷物を漁り始めるという事件があった。ドミトリーなんてこんなもんよな。イギリス最終日の夜も同じホステルを取ったことを後悔しつつ、イギリスでの夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

【1日目】イギリスぶらり旅

まずはマレーシアのクアラルンプール空港へトランジットで向かった。マレーシア航空は思いの外、快適で機内食も美味しく、チキンのお代わりをしたほど。途中でマフィンと明治エッセルスーパーカップも出てきたので驚いた。関西空港の本屋で買ったブルータスの20年通えるBar特集を読んでいると無性にお酒が飲みたくなって、白ワインを飲んだ。周りはオレンジジュースとかコカコーラとかしか頼んでなかったから、ちょっとした優越感があった。そのあとピーナッツも出てきたので、ワイン貰って正解だったなとか思いながら、テレビでLALALANDを見つつ、うとうとしているとあっという間にクアラルンプールに到着した。

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バックパック一つしか荷物はないのでサクッと入国した。マレーシアはムスリムが多いので、ヒジャブという黒い布を被った女の人がワンサカいて、遠いところに来たんだなと思った。そして、ターバンを巻いているリアルインド人も確認した。

 

さて、明日の朝までどうしようか。とりあえず中心街に出ればなんとかなるだろうと思い、激安のバスに乗って、KLcentralに向かった。

どうも〜! なんでやねん! もうええわ!

さて、今年もM-1グランプリに挑戦する。

 

去年も一昨年も、1回戦敗退で、今年こそは。と意気込んでいる。

いや、そうでもない。意気込んだ気合いのある漫才は、それが伝わってしまうと上滑りしてしまって、逆に寒い。だから僕は、ナチュラル感に溢れた漫才をしたい。

ただ、相方はコテコテの漫才大好き関西人なので、好きな芸人はと聞かれたら「トータルテンボス」と返すようなシティー派芸人の僕とのギャップをどう活かすのかが大きな課題となる。

 

会話のテンポ、ボケ時の表情、ツッコミが話している間の立ち姿など、台本以外の部分も完成度に影響してくる。舞台慣れしていないので、そう行った部分が以外と難しい。

こんな時に頼りになるのが、そう。iPhoneなのだ。

自分たちの漫才を録画して見直す。すると、立ち姿がフラフラして見にくい。とか、笑える部分が早口で流れていってしまっている。とか、目線が変なところを向いている。とかが一目瞭然なのだ。

 

中学の吹奏楽部で始めたホルンも、上達のコツはやはりレコーディングだった。演奏を録音して、自分の思い通りに歌えているのかを確認していく作業。

注意しないといけないことは、ここをこうしたいという部分以外は、何度やっても同じように演奏しなければならないということだ。そうでないと、きちんと対象比較ができない。

中高の吹奏楽、大学のオーケストラで練習に関して思ったことの中で、一番大切だと思ったのがこのことなのだ。

反復練習とはこの再現性を獲得するために、するもので、ただの精神修行ではないのである。

 

 

 

 

 

 

 

【-3日目】イギリスぶらり旅

ここ数日、旅行代理店の重要性を痛いくらいに感じている。

一人旅をすると決めたのはいいものの、旅行行程の確定とそれに伴う宿、交通手段の予約がこれほどまで大変だとは当初想像できなかった。

まあ、自分のような想像力ない人間は、こういう痛い目に合って、学習して行くくらいがちょうどいい。「何事も経験」、「やってみないと分からない」という言葉はおそらく僕と似たような人間が言い始めたのだろうと思っている。

さて、昨晩やっとの思いで、宿、電車、バスの予約が終わったので、完全版をまた記録しておこうと思う。

あとは行き帰りで12時間以上あるトランジットをどうするかだな・・・

 

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9/9 関空出発クアラルンプール着

9/10 クアラルンプール発ロンドン着 ロンドン宿泊

9/11 一日ロンドンを歩き回る 夜行バスでエディンバラへ移動

9/12 朝エディンバラ到着 歩き回る エディンバラ宿泊

9/13 バスツアー出発 GlencoeやRannoch Moorなど Fort William宿泊

9/14 Glenfinnan Viaduct Skye島入り 

9/15 Skye島周遊

9/16 Highand周遊 エディンバラへ帰りバスツアー終了 エディンバラ宿泊

9/17 エディンバラからDurhamへ電車移動 大聖堂と城でぼんやりする

夕方にYorkへ電車移動 York宿泊

9/18 一日Yorkを歩き回る 夜電車でLiverpoolへ移動 Liverpool宿泊

9/19 友達と合流 午前中にバスでChesterへ往復 お昼からLiverpoolを歩き回り、酒を飲む 日をまたぐ直前に夜行バスでCanterburyへ移動

9/20 Canterburyを歩き回る 夕方にバスでロンドンへ ロンドン宿泊

9/21 ロンドン発ムンバイ着

9/22 ムンバイ発関空

 

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地球の歩き方読んでいると時間が溶けて行く。

どのみち9月末まで教授も助教もアフリカに出張中なので、いっそのこと自分も旅行してしまおうと思って、今週末からイギリスに2週間ほど行ってくることにした。

大丈夫、研究なんて基本自己責任で、やりたきゃやれば的な圧倒的放置プレーをかましてくるラボなので、誰も咎めない。

 

行き先は結構迷って、イギリスなんてベタなのはやめて、東欧のチェコピルスナーウルケルを飲みに行くだけの旅もなかなか面白そうだったのだけども、ハリーポッター世代の僕は、やっぱりイギリスに惹かれてしまっていたのだった。

 

やっと旅の予定も建て始めて、宿やら夜行バスやらの予約も進めてきた。Skyscanner, Booking.com, Megabus, goeuroなどのサイトにはとてもお世話になった。まだまだ予約すべきものはあるのだけど。

 

そうして決めた予定は以下のようになった。

 

9/10  夕方にヒースロー空港着、ロンドン市内のホステル泊

9/11  夜までロンドン、夜行バスでエディンバラまで

9/12  エディンバラ市内をふらふらする。激安ホステル泊

9/13  3泊4日のハイランド&スカイ島ツアーに参加。

9/16  夜にツアーから帰還。エディンバラに泊まるか、バスで移動するか迷い中。

9/17~9/20 この間にカンタベリーコッツウォルズに行きたい。

9/21  ヒースロー空港

9/19か9/20に、去年のジョージア古人類学ワークショップで知り合ったイギリス人に会いに、リバプールに行く。ビートルズは好きだけど、地球の歩き方見ていると、リバプール大聖堂くらいしか魅力を感じない。ちょっと立ち寄って別の場所に行くのがいいのかな。

 

旅行に行こうと思った時は、ほとんど予定は建てずに行ってしまってから考えようとかのんきに考えていたのだけど、宿とか電車とかは早割で買うととことん安くなるという事が分かって、カチッと足と枕は決めて行こうという気持ちになった。

当初考えてた旅のスタイルは、東南アジアなどの物価やすやす旅行じゃないと通用しないのだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉食堂 最後にカツ。

もう3回目だったが、相変わらず激ウマだったので、写真付きで紹介しようと思う。

滋賀県JR大津駅から徒歩5分くらいというアクセスいいのか悪いのか分からない場所にある「肉食堂 最後にカツ。」というお店。

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駅から歩いて行くと、このような看板が見えてくる。

ちなみに初日の19時過ぎに行くと、すでに売り切れだったので、次の日の夜にもう一度チャレンジした。売り切れてるんだったら、営業中の看板外してほしい。

 

そして、奥に進むと。。。

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どかんと、「肉」の文字が!そうそう、肉を食べにきてるんだから、肉という看板を出すのは大正解。

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店内は小さな4人がけのテーブルが一つと、5人くらいが並べるカウンターだけの小さな空間で、ラーメン荘(「夢を語れ」「地球規模で考えろ」「歴史を刻め」)などの元になったシンガーソングライターのCDが常にかかっていて、食欲を刺激される。ほとんどの人は分からない感覚だと思うが。

 

で、かなり無愛想なおばさんが1人でやっていました。前回来た時、こんなにブスーっとしていたかな。前回はおそらくパートナーのデブのおじさんと2人で楽しそうにしていたのだけど。もしかすると、ワンオペ続きで夫とも冷めた感じになって、精神的に疲れているのかなと勘ぐってしまった。ま、料理が冷めてなかったら、どうでもいいこと。気にせずに注文する。

 

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伝説のトンテキ200g

 

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名物の肉カレー黒

 

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最強のビフテキ(去年の写真)

 

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俺のステーキ丼(去年の写真)

 

味は、もう写真見るだけで分かるでしょ。これ、もう最高。

京都にできたら、毎週通うのになあ。

 

 

死にたくないって思うために

寺田寅彦の随筆に「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」という言葉がある。

僕は大学の放射線取扱の講習でそれを聞いた。なるほど、それが知性ってものだよな、と思って、あいふぉーんのメモに書き留めておいた。放射線がどこまで行けば危険で、どこまでなら安全と言えるのかをきちんを理解した上で、しっかりと抜け目ない対策を講じようということだった。

先週の先週末、北岳という日本第二の山を登りに行ったとき、ふと頭からこの言葉が出てきた。

富士山以外の3000m級の山はどこでもそうだと思うのだけど、標高が高くなって森林限界を超えるとごつごつした岩場になって、ちょっと足を踏み外したら笑えない状況になるだろう危険な場所が増えてくるのだ。以前、北アルプスの奥穂高に登ったときも、そんな危険ルートばっかりで、最後らへんは「死にたくない、まだ死にたくない」と呪文のように唱えながら、岩に塗られた矢印方向にひたすら動き続けていた。2mくらいの大岩に左向きの矢印がペイントされているのだが、どう見ても左には崖しかなかったときは、本当に死の恐怖を感じた。実際は、幅20cmくらいの足場があったのだけど。

北岳はその点、比較的マイルドなコースではあったのだけど、それでも落ちたら死ぬだろうとサルでも分かるような危険箇所は多々あった。山岳マップを見てて思うのは、滑落注意!とかではなく、ちゃんと滑落したら、即死するのか、あるいは大怪我するのか区別してほしい。そんな中で、一番怖かったゾーンは、山の小さめのピークの周りをぐるっとトラバース(横移動)するために、木の渡り廊下(アスレチック遊具みたいな)が、山側ではなく崖側に傾いて設置されていた場所だった。手すりがあったとしても崖側に飛び出しているから全く信用できないし、手すりがないところなんてのは、山側にゆるーっと設置された黄色と黒の荒縄に命をあずけるしかなかった。そんな中でいつも通り、まだ死にたくない、やりたいことが残っている、なんてブツブツ言いながら、できるだけ山側に体重を預けて、恐る恐る木の足場を進んでいると、僕も前を歩いていた同行者がその生命のロープを掴んで、崖側に身体を反らしたポーズで、「うわ~死ぬ~」とか言いながら記念撮影をし始めたのだ。

やっぱり山に登りたがる人はどこか頭がおかしいと確信した。死にたがりが多い。

その瞬間に冒頭の一節が頭に浮かんだのだった。崖、正当にこわがろうよ。。。

だけど、自分がそういう危険なところを怖がりすぎているという可能性もあるのかなと思うと、どっちが正当にこわがっているのか分からなくなってしまった。

 

その後、幾つかのデンジャラスゾーンを通り抜け、山頂で日の出を見た時には今までの疲れや恐怖が吹き飛んで、山登って良かったなという満足感に満たされたが、20分後には山頂にいることすら怖くなってきて、早く下界に帰りたいという気持ちが山を覆うガスかのように僕の頭の中に充満したのであった。

 

 

 

京都の男は目の前で自転車を撤去されて一人前

昼にプールで運動した後、まあ着水して15分で飽きちゃったわけなんだけど、洗濯用の洗剤が切れていたのを思い出して、近くのダイコクドラッグに買いに行った。

自転車を店の前に止め、水着一式はカゴに入れておいた。200円の洗剤をすっと手に取り、会計の列に並んだ。左はちゃちゃっとレジ業務ができそうな若者で、前に5人ほど並んでいて、右は薬剤師免許を持っているおじいちゃんで、とろとろしていたんだけど、3人しか並んでいないし、僕はそっちを選んだ。

すると、遅いのなんの、前に並んでた家族が大量の医薬品を買おうとしていたため、かなりの時間がかかりそうだった。僕はイライラするフェーズを通り越して、無の境地に至った。ただ、天井を眺めて棒立ちしていた。

そして、お会計を終えて店を出ると自転車が撤去されていた。やばいと思って、あたりを見渡すと、左に京都市のマークの付いた自転車撤去用トラックが止まっていて、おっさんと若い兄ちゃんが自転車を荷台に載せようとしているところだった。

おっさんに自転車を返してくれと言ったが、一度に荷台に載せるともうダメなのだと言われて、僕はキレた。「人間のクズ」「盗人」などと暴言を吐き、トラックに乗り込み自分の自転車を奪い返した。ついでに周りにいた同じ状況の人達の自転車も開放してあげると、周りから拍手喝采で、返してあげた本人からお返しにと言って、さっき買ったばかりのお菓子を全部頂いた。

なーんて、上手いことはなく。おっさんにあしらわれ、トラックはぶおーっと音を立てて去っていった。

京都市許さんぞ。

あんな仕事をしているやつは人間のクズだ。良心というものはないのか。

上に命令されたからと言って、許せるものではない。

戦時中に命令されたからと言って、人を殺し、それがエスカレートして関係ないやつも見せしめに殺すようなやつだ。

原爆を落としたパイロットとか大量のユダヤ人をガス室に送ったやつを同じ構造だ。

ついつい、エキサイトしてしまったが、冷静になって考えてみても、お店の前の自転車を撤去する意味がわからない。自転車を置き場も設置せず、明らかに買い物客の自転車を撤去するのは、どう考えても間違っている。三条、四条のコンビニ横に止めていたりする自転車なら分かるよ。あれは近くに駐輪場があるから、明らかに無断駐輪だって分かる。だけど、百万遍の交差点の自転車を撤去したところで何が生まれるんだ。

どうしたもんかね。

 

渋滞について

山梨から京都に帰る途中、大雨の影響によって土砂崩れが起き、中央道が途中で封鎖されてしまった。駐車場から出ようとすると、係員のおじさんが深刻そうな顔で止めて来たので、何か金でも請求されるのかと思ったら、丁寧にも中央道が通れないことを教えてくれたのだ。

そこで僕たちは、中央道の封鎖されている区間だけは下道に降りて走るという選択をした。それが間違えだったと今は思っている。

ゴールデンウィークの終わりでもあって、ただでさえ高速道路の利用者が多かったため、土砂崩れがあった手前のインターチェンジを降りてからは、27kmの渋滞で全く車が流れていなかった。このままだとあまりにも精神的にストレスが溜まってしまうので、渋滞していた迂回路のさらに迂回路を探した。地元の人しか使わないような県道や、両サイドが田んぼの田舎道などをグネグネと通り、国道に近づくと、また渋滞に引っかかるということを繰り返した。これには、温和で気のいいドライバーの兄さん(山で知り合った)も疲弊していた。なんとかという芸術界の人生をテーマにした朗読劇のようなものがラジオから流れていたが、誰もそのおかしさに突っ込まない、そんな重い空気が車内に溜まっていた。

グーグルマップを駆使し、カーナビの違うそうじゃない、そうじゃないという声も無視し続けて、やっとの事で中央道のインターチェンジに到着した。高速は嘘のように空いていて、今までのストレスを吹き飛ばすかのようにぐんぐんと京都へ進んでいた。車内で聞いていたライムスター宇多丸のムービーウォッチメンがとても面白くていい時間潰しになった。今、ラジオを聞いている人は、実験を長時間やるのだけど、待ち時間が長くて、他に何をするでもない研究室の人たちか、車のドライバーなのかなという話になった。

そんな渋滞体験記だったが、今回の渋滞で相当な量のストレスがそれぞれのドライバーにのしかかった筈であろう。動きたくても動けないフラストレーションは、人が感じ得るものの中でも酷い方だと思う。あの日、溜まった全てのドライバーのフラストレーションは、一体どうやって解消されたのだろう。疲れたドライバーが別の人にきつく当たったりすることもあるだろうし、はたまた焼肉にでも行ってやけ食いする人もいるだろう。あの渋滞の影響で経済が動いたりするのかなと思うと、面白い。ただ、あの時運転してくれた兄さんの疲弊っぷりを考えると、僕は絶対に車を運転できないなと思ってしまう。

優しい話

昔バイトしていたところで数学を教えている学生講師がいて、講師室で切羽詰まった高三生に質問責めにされていた。

 

「先生、京都大学に受かるためには、この参考書やった方がいいんですか?」

「うーん。これをやって受かった奴もいるし、やらなくて受かった奴もいるな〜」

「そうなんですね! ありがとうございます」

生徒は、憧れの先生からアドバイスをもらえて、嬉々として自習室へと帰っていた。

ただ、それだけの話なんだけど。

これってすごく優しい話だと思ったのだ。

 

結局のところ、このアドバイスはほとんど何も言っていないに等しいのだけども、生徒は、意識高いイベントで壇上の人に質問をした後の就活生のように喜んだのである。

 

つまるところ、生徒が求めていたことは単なる安心であって、先生の対応としては間違っても、「やってもやらなくても一緒なんだから、今やってる参考書をしっかりやれ」と言ってはいけないのである。

そういう痛いところをつかずに、即座に当たり障りのない返答をすることができるその講師はやはりキレ者だと言えよう。

 

洒落たオチの話

これは友人(20代女性)のエピソードである。

大学をやめたり紆余曲折を経て、親の助けを借りながらやっとの思いで卒業にこぎつけたのだが、社会に出てやりたいことも全く思いつかず、もう働けたらどこでもいいやという思いで、手当たり次第にESを出すと、とある飲食店でトントン拍子で選考が進み、働き始めたときのことである。ちなみに彼女は今、その飲食店で毎日パンを捏ねては、売るという仕事をしていて、休日もほとんどなく、人員が足りないときは休日であったとしても職場に行くというザ・社畜のライフスタイルを送っている。興味がてらに、おすすめのパンはある?と聞くと、塩パンというものが一番美しいと教えてくれた。

それはさておき、その彼女が主任補佐という役職になりたてのとき、一つ上の役職の主任であるおじさんに、店内のすべての仕事を手取り足取り、約一年間教えてもらったらしい。そこで彼女は実力をつけ、とうとう別の店舗で主任をすることになったのだ。

そんなある時、会社に行く前にテレビから衝撃のニュースが流れてきた。

会社員◯◯容疑者が強制わいせつ容疑で逮捕

名前が特徴的だったので一瞬であの主任だと気づいたらしい。驚くべきことに、彼女が仕事を教わっている期間にも路上で強制わいせつ行為をしていたのだった。ただ、彼女にとっては、ただの優しい上司なので、顔を思い出したその瞬間から、涙が止まらなくなった。

その後なんとか職場に行って、パンを捏ねたらしいのだが、その日はなぜか塩パンがいつもよりしょっぱかったらしい。

 

追記

ちなみに、その容疑者は「仕事のストレス発散でやった」と語った。友達は私もストレスの原因だったのだろうか、と凹んだと言っていた。はよ仕事やめい。