毎日の文トレ

日々感じたことや考えたことを書き殴ります。

クイック狂気

特に優先されるべき人もいなかったので、優先座席に座っていた。バイト先に向かうために電車に乗っていたのだ。目の前のシートも優先座席で、女子高生二人組が仲よさそうに喋ったりパンを食べたりしていたのは覚えている。目的駅に着くまで本を読んでいると、急に怒鳴り声が響き渡った。びっくりして目をあげると、目の前にはB系っぽい格好をした爺さんが喚いていた。アディダスの黒色のジャージに、上はパーカー。指にはいかつい指輪をはめていた。爺さんの怒りは座っていた女子高生たちに向けられていた。どうなることやらと見ていると、爺さんは女子高生の頭の上に向かって杖を振り回した。これはさすがに大事になりそうと思ったので、僕は席を立ち、暴れている爺さんの真横に付いた。爺さんはまだギャーギャー言っていたのだが、空いた席を見つけると、すんなりと着席した。僕はその目の前で携帯をいじるふりをして爺さんを牽制しつつ、その挙動を観察していた。目の前にいる僕に興味が向いたらしく、話しかけてきたので、僕はその横に座って、ただただ相槌を機械的に打った。爺さんは自分の身の上話を大声で始めた。この頃には、優先座席に座っていた女子高生達も別の車両に行き、僕たちの周りに目に見えないバリアが貼られたかのように、人が離れていった。

まずは、税金の話から。どんなものにも税金がかかっていて、生活が苦しい。なんてことをいっていた気がする。次に戦争の話。戦時中は貧しくて、金属は武器を作るために回収された。聞いたことある。もう俺は80だと言い出したので、でも服装は若いですよね、と言うと、古臭い格好をすると若い人が寄ってこないからなと返してきたが、明らかに別の原因があると思う。さすがに伝えることはできなかったが。

これ目的駅に着いたらどうしようかと思いながら、相槌を打っていると、爺さんのボルテージは声のボリュームとともにどんどん落ち着いていって、奥さんが若いことになくなったという話をしていた時には、我に戻ってきたようであった。

目的駅にまもなく着くということを伝えると、爺さんは人が変わったかのように、変な話をしてしまってごめんな。と謝ってきた。これにはなんて返していいか分からなくて、「気をつけてくださいね」とだけ言って僕はホームに降りた。

話しているうちに爺さんの声や表情が柔和になっていく様を観察しながら、僕は複雑な感情を抱いていた。さっきまで明らかに危険人物だった人と、仲良く話している自分。空いている席はあったのに、反撃されなさそうな女子高生を選んで攻撃していた爺さんが、僕の横に座って話しているという状況は気まずくて仕方なかった。

クズのような爺さんなのだが、そうなる原因になったのであろう話を聞いていると、同情の念が湧いてきた。許されることではないのだろうが、話し相手がいなくて寂しかったのだろうと思うと、罪を悪んで人を悪まずという言葉が頭に浮かんできた。物事には理由があって、それを偏見で片付けてしまってはいけないなとも思った。そして、何にも増して、自分の相槌力の高さに驚いた。話聞くのめっちゃうまいわ。